【レポート】第15回クリエイティブ会議「小さな家具から街が変わる」
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2024年8月29日(木)から開催された「やまがたクリエイティブシティセンターQ1・グランマルシェ2024」の最終日となった9月1日、「第15回クリエイティブ会議」がひらかれました。ゲストは、建築家の芦沢啓治さんと鈴野浩一さん。モデレーターを務めたのは、同じく建築家であるQ1代表の馬場正尊さんです。
Q1の「クリエイティブ会議」とは、まちのクリエイティブと産業とをどうやって結びつけていけるのか、そして持続可能な地域社会づくりにどのように繋げていけるのか、その具体的な方法論や可能性を探ることを目的として、先進的な活躍をされているクリエイターとQ1ディレクター陣がディスカッションする、公開型の企画会議のようなもの。15回目となる今回のテーマは「小さな家具から街が変わる」。ゲストの芦沢啓治さんは、東日本大震災によって被災したまちで「石巻工房」という公共工房を立ち上げたファウンダーであり、それを家具ブランドとして育てたプロデューサー。もうひとりのゲストである鈴野浩一さんもデザイナーとしてその石巻工房に深く関わってきました。
馬場さんはこの会議の開催にあたり、次のように語っています。
「今回のクリエイティブ会議では、特に家具にフォーカスし、そのデザインやそれが生まれるプロセス、生まれたあとの街への波及について掘り下げます。東日本大震災の後、被災したまちで家具と産業を興そうと『石巻工房』を立ち上げ、世界へ展開するブランドへと育てた芦沢啓治さん。そして、その石巻工房の代表作でもある『AA STOOL』をデザインした鈴野浩一さんというふたりの建築家に、その発想から行動に至るまで、さらには社会に定着するまでの物語をお聞きしたいと思います。
また、このトークショーは、山形市とQ1とが主催する家具のデザインコンペ『街に置くベンチ』のオリエンテーションも兼ねています。このコンペは、まちの風景と人々の行動を楽しく変えてゆくようなベンチのデザインを広く募集するもので、ゲストのおふたりはこのコンペの審査員にもなって頂いています。このクリエイティブ会議が、まちで新たな活動にチャレンジしたい人や学生やデザイナーの皆さんへのメッセージとなれば、と思います」
というわけで、3人の建築家によって「家具とまち」を中心に1時間半にわたって語られたこのクリエイティブ会議。以下、簡単にレポートしていきます。
まず、芦沢さん鈴野さんのおふたりからは、「石巻工房」の誕生から現在に至るストーリーが語られました。
2011年、東日本大震災の津波によって被災した石巻沿岸部に縁のあった芦沢さんは、復旧のために必要なものはなにかを考えた結果、公共工房という「場」をつくります。それが石巻工房のはじまり。地域の人たちが自分たちの力で、身近にある材料で、必要なものを修繕したりつくったりするためのDIYの場でした。その後、地元の工業高校の生徒たちと一緒に、野外で使うベンチ(ISHINOAMKI BENCH)を制作。野外映画祭というイベントで使用され、自分たちでつくった家具がまちの新しい風景となっていきます。また、ボランティアとして石巻にやってきた世界的家具メーカー、ハーマンミラー社のスタッフと協業し、地元の人たちとのワークショップを開催。仮設住宅などでの暮らしに必要な家具を地域住民たちと一緒につくることでDIYマインドを広げるとともに、それらの家具が暮らしの中でさまざまに使われ、地域に浸透していきます。耐久性があり、実用的で、シンプルで、どこか荒削りさもある、けれども味があるその家具たちは、石巻工房という「プロダクト」として全国的に注目を集めるようになっていき、やがて家具の製作と販売という事業となって育っていくことになる、という物語でした。
現在では、石巻工房の家具は世界中に広がるまでになっていますが、大切にしている理念のひとつが、「Made In Local」というもの。石巻で商品をつくってそれをわざわざ輸送するのではなく、石巻工房のデザインを海外のパートナーにその土地で、そこにいる人たちで、そこにある材料でつくってもらう、というやり方。そこに石巻工房の原点であるDIYの精神が息づいている、ということでした。
続いて、芦沢さん、鈴野さんから、それぞれに、石巻工房とはまた別の「家具とまち」に関わるプロジェクトの事例紹介がありました。
芦沢さんからは、東京で設計したとあるコーヒーショップの店舗前広場にベンチを置いた事例について。それまで誰も、どう使っていいかもわからない、殺風景だった公共の広場が、その店舗空間となんとなくリンクするようなベンチを置いてみたことによって、人々がコーヒー片手に気持ちよさそうにとき過ごす空間へと姿を変えた、という事例でした。
鈴野さんからは、まちにベンチを置いていくプロジェクトの事例について。それは、ベンチをつくってからまちに配置していくという通常のプロセスではなく、まちのなかにベンチを置かせてもらえるスペースをまず先に見つけ、その土地の所有者に許可をもらうというプロセスを経たうえで、それぞれのスペースにちょうどいいベンチをつくっては配置していったという、ふつうとは全く逆のアプローチによってまちの風景を変えていった事例の紹介でした。
そして最後に、芦沢さん、鈴野さん、馬場さんの3人が審査員を務めるコンペ「街に置くベンチ」に参加する人たちへ、考え方のヒントやメッセージが送られました。
ベンチを、ただの家具と捉えることもできるし、もっと色々なことをやれるなにかと見立てることもできます。もしかしたら、新しいベンチの構想にあたっては、まず自分が暮らすまちにすでに置かれているアノニマスなベンチをリサーチすることからはじめる、というやり方もあるかもしれません。また、ベンチという公共物を置いていくとまちにリズムが生まれたり統一感が出てきたりすることから考えれば、ベンチというのは小さな都市計画である、と言えるかもしれません。
製品として見れば、構造や強度、素材、デザインなど考えるべきことはたくさんあります。けれど、木製ベンチをただつくればいいということではなく、例えばそのベンチが置かれる環境のこと、そのベンチを使う人のこと……など、想像すべきことはたくさんあるはず。このコンペの優秀作品は商品化が想定されており、その試作品をQ1の廊下などの敷地内や屋外に置くことにもなっているので、それならQ1という場所のことを調べておくことも大切かもしれないし、地元の素材を使えないか、とか、廃材をアップサイクルできないか、なんて視点もありえるでしょう。パブリックスペースに置いたら盗まれることも考えなければならないかもしれませんし、それを最初からある程度許容すると想定してもいいかもしれません。その考え方もやっぱり色々あると思います。
もしかしたら、ネーミングが大事になるかもしません。コンセプトが明確に人に伝えられるものでないと、プロダクトとして普及するものになりにくいし、ネーミングが決まった瞬間にベンチが「できた!」となる可能性だってありえるかもしれません。また、いったいそのベンチは誰のものなのか、オープンシェアできたりするのか、お金の仕組みはどうなっているのかなど、システムからデザインするような方向もありうるかもしれません。個人がまちに関わる関わりしろ、それがベンチである、という考え方もできるでしょう。家で使う、学校で使う、道路で使う、など場所を拡張していくようなやり方もあるかもしれません。
考え方は自由です。でも、自由だからこそ、あえてなにか設定を与える、制限を与えてしまう、という方法もあるでしょう。石巻工房は誰でも手に入れられるツーバイ規格の材料でつくれるようにデザインされていますが、それは被災を背景とした様々な制約があったからこそ生まれたとも言えます。
……と、色々考えることはありますが、とはいえ、気楽に考えることもぜひ大切にして参加していただきたいです。シンプルに、自分の部屋に置くベンチからはじめてみてもいいでしょう。
という、そんなメッセージでした。
─那須ミノル(real local 山形)─